「アヴァロン」

押井守監督の実写作品。

脚本は伊藤和典、音楽は川井憲二という、押井守作品常連のスタッフが脇を固めている。だからこそ、所謂「押井作品」という高クオリティを保証されたブランド品として安心して観ていられる可能性があるし、その一方で「またいつもの押井作品ね」というこちら側の想定を超えない、予定調和的作品に終わってしまう可能性もある。
残念ながら、私にとって「アヴァロン」は後者に属する作品であったようだ。

物語は、「アヴァロン」というオンラインゲームの仮想空間と、実際の生活空間を行ったり来たりすることで展開されていく。仮想空間も、実際の生活空間も、フィルムの色はセピアトーンで統一されていて、全体的に画像は暗い。特に生活空間では、ピントが極端に絞られ全体的に靄がかかったような画面が多いこともあり、まるでフランツ・カフカの作品のようなダークな世界観で覆われている。

本編は、アッシュという女主人公が「クラスA」のステージのさらに上位にあたる隠しステージ「クラスリアル」への到達するまでの謎解きが序盤、「クラスリアル」へ向かっていく道程と「クラスリアル」での出来事が終盤となっている。が、主人公が「クラスリアル」へ移行した際に、ちょっとしたサプライズがある。何と、それまでセピア調の色彩/中世ヨーロッパ調の舞台装置で統一されていた世界観が、「クラスリアル」に入った途端に、あからさまに「現在の」ポーランドが舞台となるのである。

一瞬、「彼女が現実空間だと思っていたのが仮想世界で、仮想世界だと思っていたのが現実世界だ」という、「胡蝶の夢」(或いは「マトリックス」)のような展開になるかと思ったが、そうはならなかった。
いや、厳密には「そうなった」と言ってもいいのかもしれない。
最後の場面で、「何が現実世界で、何が仮想世界だかは、どうでもいい。本人が自分がいる世界を『現実』と思っているのなら、それは『現実』ではないか」という本作品のテーマが提示されるからである。

アッシュがミッションクリア条件でもある「未帰還者」のマーフィを銃殺した後、マーフィはアッシュにこう告げる。
「………アッシュ、事象に惑わされるな。ここがお前の現実<フィールド>だ」。
そう言って、マーフィは電子音と電子効果と共に姿を消してしまう。

その後、アッシュは教会の中に入っていき、「クラス・リアル」の出現条件であるゴーストと対峙する。「ゴースト」という名の少女は、銃をアッシュに向けられた状態で、不適な笑みをこぼす。(無表情な少女が、不気味な笑みを浮かべる少女の表情の変化が実に不気味で、怖い!)そして、「Welcome to Avalon」の文字が流れる。これが、本作品のラストシーンとなっている。

この一連の行動については様々な解釈が可能だろうが、私は「アッシュは『現実世界』(及びアヴァロンというゲームでの『クラスA』の世界)からの退路を断つために、「ゴースト」という少女に銃を向けたのではないか、そして「ゴースト」はアッシュの心の変化に気付き、ニヤリと笑みを浮かべたのではないだろうか、というのが私の解釈である。

しかし、押井作品で何回も描かれている「仮想世界もまた一つの現実世界」というテーマについては、もはや古すぎるのではないだろうかと感じている。
むしろ、現実世界と仮想世界が奇妙な共存と融合を果たしているのが実際に即した現実社会であり、だからこそAOR(現実拡張)という言葉が現在を表す重要なキーワードとして機能しているのではないだろうか、というのが私の考えだ。そして、その「現実拡張」をいち早く予言した作品が「電脳コイル」になるのではなかろうか。

とは言え、本作品が2001年制作ということを踏まえれば、このテーマ性についても時代に即したものと理解されるべきであろう。
実際に、テーマ性以外を除いても、本作品には注目すべき点はたくさんある。たとえば、やはりアヴァロンというゲーム世界観で繰り広げられる戦争の「身体性を一切伴わない迫力」(たとえば爆炎は近寄ってみると、薄っぺらい板のように見える効果がなされている)は、意図的なものであろうと察せられる。
また、ゴーストという少女は、「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」における少女 素子を彷彿とさせるのも面白い。また、伊藤和典がこの後に作成した「.hack sign」という作品内容がもろにこの「アヴァロン」にそっくりで、両者の相違点を見つけていくのも面白いだろう。(「.hack sign」は、「オンラインゲームの未帰還者を救出するといった内容を、オンラインゲームのアバターの視点上から描く」作品である。

なお、「アサルト・ガールズ」という、本作品の世界観の延長線上にある作品が近年制作されたようなので、近々それを観てみるつもりである。現在のIT情勢を踏まえて、押井守がオンラインゲームの世界観をどう料理するのか、楽しみである。(あまり期待し過ぎてはいけない気もちょっとするが)

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